善悪の判断基準

2017.05.06 by 金子文

横川 筆文字メッセージ

 

善悪の基準に絶対的なものはありません。

 

自分にとって
都合のいいものであれば善だし、

 

逆に、自分にとって
都合の悪いものであれば悪です。

 

同じ出来事であっても、
自分にとっては善であることが、
相手にとっては悪である。

 

そういう違いも生まれてくるわけです。

 

善悪の判断基準は、
いつだって自分の都合が決めている。

 

正しいと思うことであっても、
本当に正しいのかを
疑ったほうがいいです。

 

間違っていると思うことであっても、
本当に間違っているのかを
疑ったほうがいいです。

 

自分の立場からの考え方すべてが、
必ずしも善とは限らないのです。

筆文字感想

善悪の判断ほど
自分の主観が入るものはないです。

以前、友人が職場の人間関係でひどく
怒っていました。

 

話を聞いてみると、

不満はいろいろあったのですが、
その中のひとつに

朝、挨拶をしない

というのがありました。

相手の方が友人に朝の挨拶を
しないと言って怒っているのです。

「相手の方が朝挨拶をしないなら、
こちらから
『おはようございます』

と声をかけてみたら?」

 

と提案してみたら、
友人の答えは

 

「どうして会社に古くからいて
年齢も上の私から先にあいさつを
しないといけないの?

あいさつは後輩、年下のほうから
するものでしょ」

 

という答えが返ってきました。

 

友人のあいさつのルールとは
後輩、年下の人から先に
先輩、年上の人に

挨拶をするというルール
だったのです。

 

確かに友人の善悪の判断基準だと
先にあいさつをしない

相手の方が悪いことになります。

結局、友人は人間関係が嫌だからと
その会社を辞めてしまいました。

 

もし友人の挨拶のルールが

「先に気がついた方が
挨拶をする」

というルールだったら
どうでしょう。

友人は相手の方が挨拶を
しないといってイライラすることも
なかったでしょうし、

友人から朝、笑顔で相手の方に

「おはようございます」

と声をかけることで、
何か変わったかもしれません。

 

私も自分の思い込みで
物事を捉えていて、

人に迷惑をかけた
ことがあります。

 

自分が正しいと思っていること、
間違っていると思っていること、

本当にそうなのか疑ってみること
が必要です。

 

そもそも、自分が思い込んでいると
”そうではないのかもしれない”と

”疑う”ということすら思い浮かびません。

 

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金子文

金子文

「文字化力強化合宿」を受講して人生が変わりました!自信がなかった私が今では「広島に学びの場を作る!」をモットーに全国で活躍している講師を広島にお招きして講演会を主催しています。参加者の方から「広島に居ながらにしてビジネスの最前線の情報が受け取れる」と喜んで頂いています。講演会を主催して養った集客ノウハウで集客支援も展開中。 金子のブログはこちらhttp://aya1.info

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